「とどのつまり」の語源は魚!?知ると深い“言葉の最終形態”

誤解されている語源

日常会話の中でたまに出てくる言葉――「とどのつまり」

「とどのつまり、失敗だったね」
「いろいろ言ってるけど、とどのつまりはやる気の問題だよ」

ちょっと文学的で、大人っぽいこの表現。
でも「とど」ってなに?「つまり」はわかるけど、「とど」は誰?

そんな疑問から、今回はこの言葉の語源にまつわる2つの説を紹介します。

説1:古語「とど(止)」説 ― 行き止まりを意味する本命説

最も有力な説は、「とど」が古語の「止(とど)まる」から来ているというものです。

「とど」=流れが止まるところ、行き止まり
「つまり」=詰まり、結論、要点

このふたつが組み合わさることで、

「とどのつまり」=物事が行き着く先・最終的な結果

という意味になるわけですね。

この言い回しは江戸時代にはすでに使われており、古典文学の中にもその例が見られます。

説2:出世魚「トド」説 ― ボラの成長が語る最終段階

もうひとつの面白い説が、出世魚の「トド」説

出世魚ボラは、成長に応じて名前が変わります:

ハク → オボコ → スバシリ → イナ → ボラ → トド(最終段階)

この最後の名前「トド(鯔)」を、「とどのつまり」の「とど」と関連づける説です。

つまり、

「トド(最終形態)」+「つまり(要点)」=最終的な結論

という構造になります。

この説も「終わり」という意味ではぴったり。ただし、以下のような理由で主流ではありません:

  • 「トド」は全国共通の知識ではなく、地域的な呼び名
  • 文献上で魚の「トド」と「とどのつまり」が明確に結びついていない
  • 語源としての根拠が薄いため、民間語源とされがち

どちらも“最終的”という意味では一致!

どちらの説をとっても、「とどのつまり」には共通するイメージがあります。

それは――

最終的に行き着くところ

古語の「止まる」と、魚の「トド」。
語源としての強さは違っても、言葉が持つ“終点”のニュアンスは見事に一致しています。

おわりに:言葉の語源も「とどのつまり」がある

「とどのつまり」という一言には、
言葉の歴史や、人々の暮らし、魚の成長まで入り交じっているかもしれません。

どちらの説も、最終的にたどり着く“結論”を描いているのは間違いありません。

とどのつまり――
言葉の語源は、深くて面白い!

 

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